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Back to the History 03 : サーフィンの歴史を知る

2つに分かれるサーフィンの歴史。漁師の技術だった古代サーフィン

今や世界中で約3500万人が楽しんでいるといわれるサーフィン。そのルーツは、海の民と呼ばれる古代ポリネシア人が発明した漁に使うためのアウトリガーカヌーです。男たちはこの転覆に強いカヌーに乗って珊瑚礁の外に漁に出かけ、帰りには波にカヌーを滑らせて戻ってきました。
やがて、この波乗りがめっぽう楽しいということに気付いた漁師たちは、それを娯楽として楽しみ始めます。それに従ってカヌーは小さくなっていき、やがてオロとかアライアと呼ばれるサーフボードの原形が生まれました。
やがてハワイとタヒチが、1768年~80年にイギリス人探検家のジェームズ・クックが行った3回の太平洋航海によって発見されました。この時、クックは初めてサーフィンを見て、それを航海日誌に書き残しています。ところがこのクックの発見により、ポリネシアにヨーロッパの文化や宗教が押し寄せ、布教に訪れたキリスト教の宣教師たちはサーフィンを布教の妨げになると考えて禁止し、ボードを取り上げて燃やさせるという暴挙に出ました。これによって、脈々とポリネシアで続いて来た古代サーフィンは終焉を迎えたのです。

スポーツとして甦った近代サーフィン。日本は1960年代に湘南や千葉から

やがて20世紀初頭になり、サーフィンをする動きがハワイで再燃します。教会の人たちは再びこの動きを阻止しようとしますが、ワイキキの浜だけは黙認しました。これをきっかけにハワイでサーフィンを楽しむ人が増えました。
またこの頃ハワイは急速に観光地化していて、ライフガード組織の結成が望まれていました。
その役割を担ったのが、スイマーとしてもサーファーとしても卓越した腕をもっていたデューク・カナハモクでした。彼は1912年のストックホルムオリンピックにスイマーとして出場し、100m自由形でその後17年間破られない世界記録を打ち立てます。スターとなったデュークは世界各国の水泳競技大会に招待されるようになり、その先々でチャンスがあればサーフィンを披露してその普及につとめました。こうしたデュークの偉大な功績によって、いったん途絶えたサーフィンはスポーツとして見事に復活し、近代サーフィンの時代へと入っていきます。
一方、日本では1960年代に、アメリカ人が湘南や千葉の海でサーフィンを楽しんでいるのを見て、地元の少年たちが「フロート」と呼ばれるボードを自作して波に乗り出したのが始まりだといわれています。5年後には彼らによって日本サーフィン連盟が発足し、翌年7月には第1回全日本選手権が99人のサーファーで競われました。
それから約60年経った現在、日本には約200万人のサーフィン人口があり、そのうちの20万人が競技人口だといわれています。

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